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<第3弾 小説を書いて見た> 時間

はじめに

みなさん、こんにちは!Dスケです。

名前:Dスケ

大手企業を退職後、ロンドンへ留学。ロンドンのライフスタイルに影響を受け現在は、ブロガーとして生活。ネットビジネスのほか、デイトレや留学ライターとしても活動中。(社会人でのロンドン留学のご相談はいつでも)twitter@D_suke_tawagoto)で主にリアクションしています!

今後ともよろしくお願いします!

さて、きましたね。笑

誰得なのかわからない「小説を書いて見た第3弾」ですよ。笑

続きが読みたいという声が1人でもある限り書いて行こうと思います。

平凡から非凡に突入して行く主人公に是非とも注目して読んでいただければと思います。

なぜか、小説を投稿するようになってアクセス数も伸び始めたという。笑

それでは早速。

第3弾 時間

北京の空港に到着した。トータル3時間以上のフライトは一瞬だった。初めて一人で飛行機に乗ったし、初めて一人で海外に来た。そして初めて自分がこんなにも小さくて弱い人間だと気づいた。そんな初めての経験が連続的に続く1日も27年間生きてきて、初めてのことだった。

「何も感じない」

ある時、会社からの帰り道に電話で母に言った。母はなんとかしてあげたいという思いがあったのだろう、僕が楽しいと思えるいくつかの提案を提示してきた。僕は全て試していた上で、何も感じないと言っていた。辛いとも楽しいとも感じない日々。淡々と過ぎ去っていく日々になんの意味があるのだろうかと考えはするものの、また淡々とした日々が過ぎていく。時間は誰も待つことはなく、ただただ目の前を過ぎ去っていく。気づけば僕は27歳。母は言った。

「大学時代からそれ言ってるわよね」

そう、僕が無感動な人間になったのは大学時代からだ。いや遡ればいつからそういう自分になったのかわからない。というよりも、無感動な自分を認めてしまったのはいつからだろうか。そして、それを口に出してしまった日はいつだっただろうか。何かのトラウマでこういう人間になったのかもしれない。でも、おそらく多くの人がこの想いを持っているが目を背けているのだろう。そう思うことで少しは気を紛らわすことができた。

「今やっていることが楽しい!」
「人生最高!」

浅はかな馬鹿な奴らとは思わない。大学時代ではそう思っていた時期もあったが、今ではその楽しみ方を是非ともご教示願いたいくらいなのだ。どうして、僕にはくだらないと思ってしまうことをあなたはそんな風に心から楽しいと感じることができるのか。

でもなぜだろう。今は言えるんだ。

「楽しい」

果たして本当に同じ自分なんだろうか。もしかしたら夢だったんじゃないか?と思うくらいだった。こうも簡単に人は変われるものだろうか。僕が単純で馬鹿なのかもしれない。そうだとしたら、なんと喜ばしいことなのだろうか。僕は、単純で馬鹿な自分に感謝したい気持ちだった。

VIPルームへの道がわからず受付に行くとすでに前にイギリス人だろうか、フランス人だろうか、正直人種がよくわからない人が英語で、中国人の受付の人に何かを質問していた。英語なんて僕には全くわからない。毎日英単語を10個覚えて、英文法を勉強して仮定法が難しいな。英語の発音は「going to」がくっ付くと「gonna」になるのか。オンライン英会話ではフィリピン人と毎日25分の会話。徐々に話している内容がわかるようになってきたかもしれない。留学への英語の準備は順調だ。そんな努力で培った自信は、もやは中国の受付で見事に粉々になって消え失せていた。それは儚く美しい僕の努力の結晶だった。

「やばい、頭が真っ白になって英語が全く出てこない。僕の後ろには人が並び始めている。とりあえず。どこかを聞くのだからwhereを使えばいいんだよな?」

そんなことを頭の中でフル回転で考えていた。するとまたもや人種がわからない人が僕と前の人の間にすっ入ってきた。割り込みだった。僕は前の人と空間を開けて並ぶ癖があった。理由は、僕が動物的に警戒をしてしまう距離がおそらく1m範囲だ。それ以上中に入ってくると距離に比例して極度にストレスを感じてしまう。特に臭いのきつい人や不潔感のある人だと、そのストレス度の数値に2乗してもいいレベルだった。数学は嫌いだ。僕はトランジットの時間は3時間もあるので、変にトラブルを起こしたくないのと英語が話せないので、そのマナー違反の行動を見逃して差し上げることにした。これぞ日本の精神だ。なんてことも考えた。そもそも「割り込みしないでください」なんて英語で言えなかったとは考えたくなかった。

「Hey, we are in the line」

僕の後ろから、信じられない大きなリュックを背負った日本では汚い部類に入ってしまうが、その端正な顔だから似合うのであろう髭を蓄えた大男が僕の頭上を通り越して、少し怒りを滲ませながら言った。割り込んできた人は、無視している。

「やばい、喧嘩になりそうだ。トラブルに巻き込まれるのはごめんだ。」

すると後ろから長い手を伸ばし、割り込んできた人の肩を優しく叩いた。僕は少しドキドキした。外国人の乱暴さは、散々YOUTUBEで勉強済みだった。割り込んできた人は後ろを振り返り、無言で僕の顔をみた。

「いや違う。僕ではない。後ろだ!」

そして後ろからまたしも

「we are in the line」とさっきよりもゆっくりと、少し嫌味のある感じで言った。すると割り込み男は「oh, sorry」と申し訳なさそうな顔で言って後ろに並び始めた。なんだ意外と聞き分けのいい人だった。僕の外国人への偏見は相当高いものであった。気性が荒いイメージから、フレンドリーなだけかもしれないという感覚になった。僕の背中の部分はTシャツに滲むくらいの汗をかいていた。中国って暑いな。そして、僕の番が来た。受付の女は僕の顔を目だけを動かし無言で見つめた。

「where VIP room?」と僕はまるで日本語のように言った。
「sorry?」と日本人では喧嘩の時に使う眉間にしわを寄せた顔をしてきた。温厚な僕でも少しイラついた。と同時に少しビビった。

「I wanna go VIP room」僕は「room」の「r」を英語っぽく言った。こんな英語しか話せない奴がVIPルームだと?というような顔で、早すぎて10%も聞き取れない英語を一瞬で話されてしまった。ただ、その受付の人は「もう教えましたけど?他に何かありますか?」というとぼけた顔をし始めた。心の中で1発のビンタを食らわしてやった。

「Thank you」

僕は、自力で探すことにした。少し歩いて上の看板を見ていると「VIP」と書いてあるのを見つけた。安心したのと同時に、英語を話すことに信じられないくらいの壁を感じた。母の言葉を思い出した。「あんた、英語話せずに帰ってきたら恥ずかしいで」中国人って英語ペラペラなんだな〜、やっぱり教育が日本とは違うのかもしれないな。言い訳を考えるのは、27年間の人生でしっかり身につけてきた僕の自慢のスキルの1つだった。言い訳は、僕を傷つけずにいつでも守ってくれるのだ。

中国のVIPルームは日本のものと比べて規模が大きかった。軽食というよりは、もうバイキングのような感じだった。僕は、カフェオレとオレンジとりんごと小さめのケーキを皿にとった。

「は〜・・疲れた」

自分が発した日本語すら懐かしく感じた。「まだ日本を出発して3時間しか経ってないんだよな」1日っていうのはこんなにも長く長く感じるものなんだと。学校の授業がとてつもなく長く感じる感覚とはまた違った。1日を振り返った時に母が手を振っていたあの姿が、1週間前のように感じる感覚だった。

「これが1年も続くのか・・・」

少し気が遠くなる感覚にもなったが、すぐにアイフォンを取り出しこの異国感溢れる風景の写真を、軽快にそして力強く何枚か撮った。すぐにインスタにアップした。

・すごっ
・いいな〜
・なんで中国にいるの?
・留学行きたーい
・英語話せんの?

いろんなリアクションが返って来たが、僕は携帯をポケットに入れて今ここの中国の少し乾燥して埃っぽい空気を肺に目一杯入れて吐き出してみた。

「生きている」と感じた。

おわりに

いかがでしたでしょうか?

なかなか、僕の実体験を基に書き進めています。

人によっては感じ方も様々だと思いますし、何人かの人には半笑いで「無意識に共感してしまう自分がいる」とか感想をもらっています。笑

どんな感想もとても嬉しいというのが正直な気持ちです。

一旦は、毎日更新にして書いていこうと思っているので、暇な時は是非のぞいてみてくださいね。

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